今回のイクボス・インタビューは、企業内保育所の企画・運営、イベントなどでの臨時保育サービスを提供している株式会社OZ Company 代表取締役の小津智一さん。従業員80人で社長以外は全員女性。「保育は人」をモットーに、チームで成果を出すことに努め、同一賃金制、在宅勤務を導入。自らの経験を活かし、九州エリアでのイクボスの推進にも取り組んでいます。
<小津智一さんプロフィール>
1972年生まれ、高校卒後約17年間、大手科学メーカーにて営業職。2006年に長女誕生後、自身の子育てを通じて子育て中の父親、母親が笑顔が出にくい社会であることを痛感し、株式会社OZ Companyを立ち上げ、起業。2010年には、「父親であることを楽しもう!」という理念に共感し、ファザーリング・ジャパン九州を旗揚げ。サーフィンをこよなく愛し、2011年に家族で糸島市に移住。家族構成は妻、長女、長男の四人家族。
現場からの不満、次々に辞めていくスタッフ
—まずは従業員の働き方という点に関して、小津社長のお考えをお聞かせいただけますか。小津:はい、弊社は保育サービスの会社でして、結局保育というのは子どもやその保護者と直接接する仕事です。企業から委託を受けている企業内保育にしても、窓口になっているのは僕ではなく従業員です。だからそのスタッフが気持ちよく働けるかを常に考えています。
しかも子どもと接する保育の仕事というのはかなりの重労働でして、心に余裕がないといい仕事ができません。となるとやはり、いかに気持ちよく働けるか、チームワークで仕事ができるか。それらがサービスの向上につながっていきます。
スタッフの働き方については、残業は完全にゼロとまではいかないまでも減ってきています。有給もスケジュールを組んで、完全消化できるシステムをつくっています。
—スタッフはどれくらいいらっしゃるのですか。
小津:約80名です。弊社はフルタイム社員とタイム社員にわかれています。前者は文字通りフルタイム勤務、後者は育児や介護といった制約のあるスタッフが短時間の勤務をします。
—ライフスタイルにあわせた勤務ができますね。
小津:ただ最初はうまくいきませんでした。実を言うと、初めて受託した企業内保育施設で一年のうちにスタッフ全員が辞めたんです。当時は残業が多かったのもありますが、残業ができる人に残業が押し付けられるといった不公平な状況になってしまっていました。チームとしてとても悪い状態でした。
短時間勤務のスタッフからは「私はここまでしかできません」、フルタイム社員からは「なぜ私ばかり?」と、不満が募っていきました。次第に心に余裕のない保育サービスになり、企業からのクレームへとつながっていきました。
—そのときに部下のケアはしていたのですか?
小津:現場に行って直接話を聞きました、「大変な状況だね。残業があればなくさないといけないね」と。でもそれで終わっていました。自分ではケアしていたつもりでしたが、根本的な解決にはつながっていませんでしたね。
クライアントからは契約解除の寸前までいきかけたところで、「このままでは会社が立ちいかなくなる」と大きな危機感を抱きました。そこで、「根本的な問題を解決しないといけない」と本気で考えたんです。それは、徹底して残業をなくすということでした。
会社理念を実現するには、スタッフが笑顔でなければいけない
—そこから残業をなくすための試行錯誤がはじまるわけですね。小津:あるとき一人のスタッフがこう言いました。「社長、残業をするなとおっしゃるのはわかりますが、こんなに業務をかかえているんですよ」と。
実際保育以外にも、お子さんが帰宅後に日報をつけたり、計画を作ったり、壁面づくりをしたり、たくさんの業務があります。話を聞くと、それらを「持ち帰ってやっていた」と言うのです。「そんな状況だったのか…」と、気づかされました。スタッフの心に余裕が生まれるはずもありません。
それからもう一つ。弊社には「子育て中の父親、母親、そして子どもたちの笑顔を広げていく」という理念があります。でもそれを実現するには、まずスタッフの笑顔が不可欠なわけです。だから会社としては、スタッフが笑顔で働けるような環境をつくる。理念を裏返すとそうなりますよね。
実はずいぶん前に、そのことをスタッフに対して伝えていたんです。それで、いざ「残業なくそう」とスタッフに言ったときに、正直「しまった」と思いました。
—「なんだ、社長は口だけか」となりますね。
小津:ええ(苦笑)。でも言った限りはやらないといけない。もしなにも手を打たなければ、口だけ社長になります。現場の課題を解決するために、会社としてのアクションをとりました。それが代替職員の導入でした。
—代替職員ですか。そのココロは?
小津:保育の時間中に保育以外の業務ができるようにしようとすると、保育の業務ができなくなるわけですから、それを補完する人材が必要となります。そこで代替職員を現場に入れることでうまく稼働します。
—当然コストかかりますよね?
小津:はい、もうそこは覚悟ですよ。お金かけてでもしないといけませんでした。そうでないと、スタッフから見たときの経営トップの本気度は伝わりませんよ。
実際にふたを開けてみると、効果はありました。導入後スタッフは少しずつ変わっていきました。徐々に残業が減ることで、心に余裕が出てきたんです。
趣味、家庭、地域。仕事以外の活動が仕事にも活きてくる
—残業が減らないことには、ワークライフバランス(WLB)なんて難しいでしょうからね。小津:本当にその通りです。「WLB大事だよ」とスタッフにはよく話します。私自身も6年前からファザーリング・ジャパン九州でNPOの活動していますし、サーフィンという趣味があって、家庭があって、子育て中です。
また地域の活動に関わることで、いろんな人と出会って新しいアイデアとか知識を得ることができます。それが仕事にも活きるんですよね。自分自身がWLBが大切であることは、「自分ゴト」としてよくわかっています。だからこそスタッフにも言うことができるんです。
—代替職員をはじめとして、トップが具体的にアクションをしたことで現場の意識も変わったでしょうね。
小津:現場からアイデアが出だしましたね。今までまったく出なかったアイデアが(苦笑)。
一つ出たのは、「日割りのチームリーダー制度」という案です。各園には園長や主任といった役割分担がありまして、そのチームのリーダーに負担かかっていました。せっかくみんな保育士の資格を持っているし、タイム社員であっても仕事の能力はある。そこで従来の園長や主任だけでなく、時間給のタイム社員をふくめた現場のみんなで、チームリーダーを日割りで担ってはどうか?というアイデアでした。
—いいアイデアですね!即採用ですね。
小津:はい、でもすぐ不満が出てきました。タイム社員からです。彼女たちからすれば、もともと決まった時間で決まった業務をやるという話でしたし、そもそもフルタイム社員とも待遇が違うと。たしかにそう主張するももわかります。ただこのままでは、結局リーダー(園長や主任)に仕事が集中してしまいますし、仕事ができる人とそうでない人との差がどんどん開いていってしまいます。
一つの園の中でチームワークで運営しないといけないのに、能力のばらつきが大きくなって、コミュニケーションも悪くなっていきます。そこでどうしようかと考えました。理念の話もスタッフにすでにしていますし、なんとかしないといけないということで、「同一賃金制」を導入しました。これはフルタイムの正社員の基本給を就業時間で割った額をタイム社員の時給とする制度です。
—タイム社員を賃上げしたわけですね。
小津:はい、これでチーム全員が同じ賃金の水準になりました。「私はパートだから」ではなく、スタッフみんなで園を運営していくよう、あらためて現場に話をしました。まあそれでもすぐに受け入れるのが難しいタイム社員はいましたが、少しずつ理解してくれるようになっていきました。
会社規模が小さいうちに仕組みをつくっておくべき
—代替職員にしろ、同一賃金にしろ、会社としてお金がかかりますが、仕組み作りのためには背に腹は変えられないですね。小津:そうですね。でもこれは会社規模がまだ小さいうちにこそ仕組みをつくっておくべきだと思います。人事制度や経営計画をつくり、それでも達成できる黒字があれば、そのラインでコストや経費を組んでいく。
それを今会社が小さいうちに仕組みとしてやっておくことは、これから先、保育士不足、労働人口減少などの制約が生まれてくるのは予めわかっていることですから、後々のためにはよいだろうと思います。会社が大きくなったときに、いざ仕組みを導入しようとしても難しいでしょうから。
—仕組みが整ってきたところでITツールも活用されていると聞きましたが。
小津:半年前に導入したサイボウズのクラウドシステムを通じて、各園同士をネットワークでつないで業務管理をしています。
弊社の管理部門のマネージャは在宅勤務ですが、ツールを活用することでわざわざオフィスに来なくてもよくなります。ツールありきではなく、大事なのは「何のために導入するか」を現場がしっかり理解しているかです。それができていれば、自分ゴトとして「じゃあ活用しないと」という発想になりますから。
イクボス経営者が増えると、社会がもっとよくなる
—経営者としてこれからどんな組織にしていきたいですか。小津:自分の分身ともいえる現場リーダーが各園にはいますが、それぞれがさらに経営者意識を持つことで、会社理念の達成に近づいていくと思います。そうなると組織も大きくなり、会社の業務エリアも自然と広がっていくと思います。
今は会社理念を私からスタッフに話すのは年に数回です。各地にいる80人に対して私が話をするのも物理的にも難しくなってきましたし、今はむしろリーダーの園長がそれを伝えてます。チームのトップはあくまで園長ですし、園長が理念を理解した上でチーム作りをします。そのために裁量を渡していますし、採用についての決裁権も渡しています。
もちろん失敗もありますが、それでいいんです。次に失敗しないように工夫すればいいわけですから。最終責任者は社長の私ですし、なにかあれば私が責任を取りますから。
あわせて、部下に対し傾聴、共感、称賛をすることで家庭での子育て問題や介護の問題、トラブルなど自然な形で私に伝えてくれるようになってきました。それに対し会社としてとくにアクションまではしないまでも、聞いてくれるだけでいいみたいで・・。
それからは、問題の種が小さいうちに伝えてくれるようになってきています。
仕組みができる以前は、頻繁に現場に足を運んでいました。交通費がもったいないからと車で寝泊まりすることもありました。今は「社長、来なくていいですから。私が対応しますので」と現場のリーダーがそう言ってくれます。おかげでその時間を新しい事業の仕掛けや仕組み作りに費やすことができます。
—働きやすくするために仕組みをつくったり裁量を与えたり、まさにイクボスですね。
小津:イクボスという言葉ができる以前から、経営者としてやるべきことを試行錯誤でやってきましたつもりです。イクボス経営者が増えると、社会がもっとよくなると思います。
これからはOZ Companyの会社としての成長もそうですが、自分の実体験をふまえてイクボスをもっと広げたいと思い、「九州イクボスプロジェクト」を仲間と一緒に立ち上げました。
それからイクボスを取り入れているいる社長さんは「家庭を大切」にされていたり、何らかの趣味を持っています。仕事以外の大切なものを持っているからこそ、社員のWLBにも配慮できるのだと思います。仕事にもいい影響が出ることを部下に示せば、「オレも社長みたいになりたい!」という社員も出てくるでしょうね。
—小津社長、ありがとうございました。
(取材・執筆:ZOE)