イクボスロールモデルインタビュー第38回は、埼玉県入間市にある株式会社安川電機(本社:福岡県北九州市)の執行役員 モーションコントロール事業部長の熊谷 彰さん。
生粋の“旅人”で、1985年に入社以来「旅するために働く」をモットーにワークライフバランスを実現。イクボスとして、部下との多様なコミュニケーションや海外での実体験主義を推し進めつつ、自身の「次の旅」に向かって日々の仕事に邁進する熊谷さんに、イクボスの価値観や今後の展望について聞いた。
〈熊谷 彰さん〉
1985年入社。入間事業所、北九州の本社勤務等を経て2009年に入間事業所の工場長として単身赴任、その後執行役員 モーションコントロール事業部長に。無類の旅好きで、入社以来、「仕事で成果を上げ長期休暇をとって旅行」というワークスタイルを一貫して続けている。37歳で結婚、現在54歳。社会保険労務士の妻、息子(16歳)の3人家族。
会社に入った理由は「遊ぶため」「旅するため」
安藤:熊谷さん、僕と同い年ですね。現在単身赴任中ということですが、ご家族はどちらにお住まいですか?熊谷:妻と16歳になる息子は福岡に住んでいます。妻は社会保険労務士として独立し、主に中小企業の支援の仕事を行っています。事業主として、女性2人を従業員として雇っているんですよ。
安藤:奥さんもイクボスなのですね。奥さんとはどこで出会ったのですか?
熊谷:私はもともと旅行が大好きで、学生時代から、リュックかついで世界中を旅して回っていました。当時は今のように個人ブログが一般的な時代ではなかったのですが、旅行をテーマにしたHPを自分で作り、イベントを企画して一緒に楽しむ仲間を募ったりしていたのです。
ある時、会社の後輩達と、ソーラーパネルを用いた船を作って柳川でレースを行う企画を立てて参加者を募ったのですが、そこに応援にやってきたのが妻でした。
当時僕は37歳、妻は34歳。知り合ってすぐに意気投合し、一人暮らしをしていた妻の住まいで半同棲生活を始め、2000年1月1日に籍を入れました。私は当社の係長、妻は会計事務所の仕事でお互い多忙だったので、結婚式を挙げたのはその年の春、新婚旅行に行ったのは6月です。新婚旅行の行き先は、マレーシアの離れ小島です。当時の仕事仲間の夫婦2組と女性2名も一緒に行って楽しむという、独特な新婚旅行でしたね(笑)。
安藤:夫婦そろって“旅人”なのですね。お仲間もたくさんいらっしゃって。
熊谷:そうですね。遊ぶこと(=旅)が大好きですから。そもそも私が会社に入った理由は、「良く働き、良く遊ぶため」です。
安藤:素晴らしい!安川電機の開高健のような存在の熊谷さん、入社当初から、ご自身の中にワーライフバランスが当たり前にあったということですね。
熊谷:そうですね。旅を通してさまざまなことを学ぶことができました。たとえば、旅仲間5人で自転車で旅する時などは、交替でメシを作ったりテントをはったり、皆で協力して物事を運ばないとうまくいかないんです。「楽しく遊ぶためには、皆で協力して働くのは当たり前」という価値観が根付いたと思います。
安藤:まさに、会社でのチームマネジメントにつながりますね。
熊谷:そうです。その時々の状況を見ながら、臨機応変にできることをできる人がやる。これが何よりも大切です。
安藤:自身のそのようなご経験は、業務のほうに生きましたか?
熊谷:そうですね。自分ひとりで仕事するよりも、周りの人に手伝ってもらうほうが早いので、困ったことがあったら周囲の人に早めに助けを求めるようにしていました。九州時代はすべての工場で勤務しておりまして、だれがどんな仕事をしているのか把握していました。「●●の仕事は△△さんに聞けばいい」などとわかっていたこともあり、普通だったら3日くらいかかる仕事を1日で終わらせるようなペースで仕事していましたね。
安藤:素晴らしい!
熊谷:すべては遊ぶため、旅するためです(笑)。遊ぶため、旅するために、一生懸命仕事をするんです。旅行で長期休暇をとる時は、前の月までとにかくがむしゃらに働き、必ず成果を出してきました。そうすると、職場の皆が、笑顔で送り出してくれるんです。このような働き方を続けるうちに、周りからも「あいつは遊ぶためなら何でもやる」と思ってもらえるようになり、入社10年目を過ぎる頃になると、上司から「今年はいつ休む? どんな所に行くんだ?」などと聞かれるまでになりました。
安藤:“旅人キャラ”を社内で定着させたわけですね。
熊谷:そうです。上司も私をネタに、得意先に「うちの部下、今度●●に行くんですよ」などと話したりしていましたね。
安藤:いい上司に育ててもらったのですね。
熊谷:当時の上司は、自ら海外で博士号を取得したりなどグローバルな感覚を非常に強くもっている方でした。披露宴の時に、サプライズで海外の滞在先から国際電話を入れてくれたりなど茶目っけもあり、オンとオフの切り替えも非常にすぐれていましたね。仕事においてもやりたいことをやらせてくれましたし、「前例はないけど、この仕事やってみるか?」などと折にふれてチャレンジさせてくれ、非常に恵まれた環境で働けたと思っています。
今思い返してみると、あの頃はいい時代でしたね。皆で力を合わせて朝まで仕事して、その後銭湯に行ってすっきりして…みたいな日々でしたから。今のように、インターネットによって分刻み、秒刻みであらゆる状況が把握できる情報化社会でなく、2年に1度の展示会に合わせて開発していたので仕事のペースも自分たちでつかめましたし。今は、円高や震災などの影響もあり、かつての日本企業の良い面がなくなりつつあるような気がします。
安藤:そうですね。チームで一丸となってミッションに向かい、やればやっただけ成果が出る時代でしたからね。イクボスは、ワークハード、ライフハードといって、ワークもライフも両方全力で取り組み、「やる時はやる、遊ぶ時は遊ぶ」という発想が大切ですが、その精神がはなから根付いていた感じなのですね。
熊谷:その通りです。仕事も生活も楽しかったので、バランスをとる必要がなかった。遊ぶために働くし、働く場も楽しくて、ワークもライフもハッピーだったから、「バランスとらなくちゃ」っていうイメージがなかったです。
安藤:今の熊谷さんのチームはどうですか?
熊谷:私自身、自分がやりたいようにやっているだけなので、部下がどう思っているかはわかりませんが、常日頃から心がけているのはコミュニケーションです。食事会などをこまめに設け、同じ部署の部下だけでなくさまざまな部署のメンバーと積極的にコミュニケーションをとるようにしています。
安藤:それは会社のほうでも推奨しているのですか?
熊谷:推奨されていますが、それとは別に、ダイバーシティという観点で共働きの社員を集めてミーティングを行うなど、独自に会を設けることもあります。
名村(人材多様性推進室 副室長):熊谷さんくらいの世代の方は、奥様は専業主婦という方が多く、共働きのほうが珍しいんです。
奥様もバリバリ働いていらっしゃる熊谷さんならではの視点で、ダイバーシティについてお話をしてもらうこともあります。
子育ては部下育てと一緒。子どもは親の背中を見て育つ
安藤:熊谷さんは、子育てには参加されましたか?熊谷:妻も仕事を持っていたので、息子が産まれ、生後3ヶ月の頃から乳幼児保育園に預けていました。どちらの両親も遠方に住んでいたためヘルプをお願いすることは不可能でしたので、園への預けと迎えを妻と交替でやっていました。熱が出ると、地域のボランティアの方や商店街の人たちがかわるがわる預かってくれたりして、とても助かりましたね。
安藤:熊谷さん世代の親は、「子どもを保育園に預けてかわいそう」という価値観の方が多いと思うのですが、革新的な考え方だったのですね。
僕は、現在大学生、高校生、小学生の3人の子どもがいるのですが、妻もフルタイムで働いていますので、子どもたちが小さい頃は、のべ14年間毎日保育園に送り迎えしていました。大変でしたが、その苦労を知っているからこそ、IT企業で部長職をつとめていた時、子育てで大変な思いをしている部下の気持ちがわかりましたね。
熊谷:そうですよね。私の両親も妻の両親も共働きで、夫婦が助け合いながら子育てするのは当たり前でしたし、私の母も、妻が働くことに大賛成でした。「せっかくちゃんとした仕事があるのだから、結婚しても、出産しても絶対辞めちゃだめ」って応援してくれましたね。
こんな感じで“夫婦平等”なわが家ですので、私が福岡に帰る時の妻の対応が特徴的ですよ。普通、単身赴任中の旦那が家に帰る時というのは、奥さんが早めに家に帰って旦那の帰宅を待っていてくれるものですが、わが家の場合は「今日はあなたが家にいるから残業してくるね」「あなたが家にいてくれるから、遊びに行ってくるね」などと、別の意味で妻に喜ばれます(笑)。
安藤:それはすごい!(笑)。奥さんにもお会いしたいな(笑)。家庭内女性活躍ですね。
熊谷:こういう家庭で育っているからか、息子も自然と、家でテレビを見ながら洗濯物をたたんだり、妻や私の帰りが遅い時は晩ご飯作って待っていてくれるようになりました。「働かざるもの食うべからず」ではないですけど、家事をするのを全くいやがらないですね。料理が普通にできるということで、友達にもびっくりされているようです。妻も息子をその気にさせるのがうまく、息子が料理を作ると「私が作るよりもおいしい」などとほめ、ますますやる気にさせています。
安藤:子育ては、部下を育てるのと一緒ですね。部下が上司の背中を見て育つように、子ども親の背中をみて育っていくものですよね。僕も、高1の息子に、「お前が結婚するころは女性が当たり前に働いているから、家事ができないと結婚できないよ。人生楽しみたいなら、今から家事はやっといたほうがいいぞ」っていつも言っています。
熊谷:本当にそうですよね。息子のことを言うと、彼はなかなか個性的な人生を歩んでいて、小学校5年生の時に、家を出たんです。というのも、4年生の時に、それまで通っていた地元の公立小学校があまりに常識にとらわれすぎて面白くないと言ってきました。
家族で相談し、異年齢の子どもがつどい、自然を中心とした学びの場でさまざまな体験を通してたくましく生きる力を養う「山の学校」に5年生の時から通い始めました。1週間のうち5日間を山の上で過ごし、週末だけ家に帰ってくる生活に変わったのですが、行き始めたらとても楽しかったようで、生き生きと通うようになりました。現在は高専に通っているのですが、やはり自然科学に興味があるようで、将来はその道に進みたいようです。
若いうちはどんどん苦労してほしい
安藤:さすが、カエルの子はカエルですね。そういう目で今の部下をみると、どうお感じになりますか?熊谷:いっとき、型にはまったマニュアル人間が多いように思った時期もありましたけど、ここ数年は、若い時に海外にいったり自分で勉強してきたりなど、自主的に動いている人も増えてきた気がしますね。それから、女性の新入社員が元気だなあと感じます。
安藤:最近は、どこの会社も女性が元気ですよ。女性は結婚、出産、育児とライフスタイルの変化によって働き方を変えていく必要があるので、自分自身の未来をプランニングしながら前に進もうと考えている人が増えてきているような気がします。
熊谷:そうですね。逆に、男性社員の勢いが感じられませんね。会社という組織の中では、いろんな生き方や価値観の人がまざりあわないといけないのに、おとなしく聞き分けのいい子たちばかりで、多様性が少ないのかなあという気がします。正直、もっと面白い人間をとったほうがいいんじゃないの?って、思うこともありますね。
安藤:“旅人”の直感ですね?
熊谷:そうですね。だからこそ、若い人たちには若いうちに、さまざまな体験、さまざまな苦労を味わってほしいと思っています。ひとりの人間が旅に出ると、いろんな性格やいろんな年代の人と出会うことで自分を知り、可能性を広げていくことができます。
この発想は人材育成にもつながっていくと思っていて、当社でも、社員を積極的に海外に行かせて実体験させ、自分の可能性を広げる取り組みを行っています。海外での実体験の中で自分が何を考え、何にひらめくかに気づいてほしいので、なるべく若い時に経験させておかないといけないと思いますね。年をとってしまうと、自分を守る方向に走ってしまいますから。
名村:当社としては、このような考え方を持つ熊谷さんのようなイクボスがたくさん誕生して欲しいと思っているのですが、現状、熊谷さんのような存在は、社内ではマイノリティーなんです。「イクボスがイクボスを育てていく」と思っていますので、熊谷さんに続く若いイクボスを育てていくべく、今の状況を少しずつ変えていきたいと思っています。
安藤:そうですね。ある程度年齢を重ね、地位がついてしまっていると、昔のやり方での成功体験を知ってらっしゃるから、なかなかそこから脱却できない人が多いのも事実ですよね。御社の未来に向けて、社内で“熊谷チルドレン”を作っていく必要性を感じていらっしゃるのですね。
熊谷さん、先ほどの、コミュニケーション、海外での実体験の話に戻りますが、具体的にどのようなことをされているのか教えてください。
熊谷:たとえばランチタイムミーティングでは、私は直属とは別の課長と話し、部長は違う部の若手社員を集めて話し、営業部は設計部と話すなど、通常の業務では接点がないような社員同士をあえてクロスさせて話をすることで、自分の仕事のなりたちを客観的に探せるような場にできるようしむけています。
海外での実体験については、新しく課長職についた人間を集め、このメンバーで2週間、中国、台湾、インド、ヨーロッパ、アメリカなど海外の現地法人に出向いて世界一周してきてもらっています。職種も語学力も違うメンバー同士でタッグを組んで世界を回ってくることで、苦労を乗り越えながら、チームワークだけでなく個人個人のさまざまな価値観を育み、チームの育成につとめています。
安藤:なるほど。
熊谷:若い社員に向けては、地元の入間市のお祭りに出展してロボットを作ったり、遊びに来た子どもたちの面倒をみさせたりもしていますね。
安藤:地域貢献ですね。未来の人材も育成できますし、安川のブランド認知もつながりますね。
熊谷:組織の中で成長していくためには、仕事を通してたくさん苦労して、いろんな人に助けてもらう経験を重ねることがとても大切だと思います。それが、良い職場をつくる基本だと思うのです。若い人たちにはどんどん苦労してほしいので、いろんなことをしかけています。
安藤:熊谷さんからは、大きな父性を感じます。
熊谷:そうですかね。私自身がたくさんの人に助けられて育ってきたので、それを伝えていきたいですね。
安藤:遊ぶため、旅するためにばりばり仕事をしている熊谷さんには、定年後の不安などは関係ないですね。
熊谷:全く関係ないですね。早く旅に出たいです(笑)。
安藤:その言葉を同年代のイクボス達に聞かせたいです。いろんな会社でイクボス研修を行っているのですが、「夢中になれる趣味はなりますか?」って聞くと、ほとんど手が上がらないんですよ。そこでいつも皆さんに言うんです。「定年まであと5、6年しかないんですよ。定年後、何するんですか?」って。
熊谷:私は息子が20歳になって、自分で食っていけるようになったら仕事を辞めて、旅に出たいですね。今だに、仕事をしながら次の遊び=旅のことばかり考えていますよ(笑)。
安藤:いいですね。熊谷さんのようなイクボスが、今後御社でどんどん増えていくことを期待しています。今日は楽しいお話をありがとうございました!
(筆・長島ともこ)