日本の企業の9割以上を占め、人材不足をはじめ多くの課題を抱える中小企業。今回は、九州イクボスプロジェクトのリーダーであり、みずからも中小企業の経営者として企業内保育施設の企画運営等のサービスを行う(株)OZ Companyの小津 智一氏が、中小企業におけるイクボス経営の導入と効果について解説します。
(※)このコラムでは、イクボスを推進するプロジェクトメンバーによる寄稿記事を配信しています(記事一覧)。
「子育ての喜びを共有したい」からスタート
“イクメン”という言葉がポピュラーになり、仕事と家事や育児の両立を望む男性は世の中に増えたようだが、定時退社や育休取得など、企業における男性の身の処し方にはまだまだ「やりにくさ」がある。それは、職場における理解の欠如、ことに管理職らの意識や組織に根付く古い価値観が変わらないからだ。政府が成長戦略に掲げる「女性活耀」がなかなか進まないのも、これと表裏一体で進めるべき「男性の育児参画・家事参画」に、理解が得られないことも一因にある。
育児だけではない。企業の今日的課題、「介護離職」も大きなテーマであり、イクポスの大量輩出が、社会において急務になっている。
さて、私は高校を卒業後、17年間、大手化学メーカーで営業職として勤めてきたが、2006年に長女の出産に立ち会ってから、徐々にイクメンのスイッチが入っていった。自分自身が娘からもらった「父親であることを楽しむ生き方」を実践・体験してみて、すごく心地よかったのだ。そして、ふと、世間の子育て中の父親や母親は、育児を楽しめているだろうか?と思った。
そう考え始めると、私が感じた喜びの数々を、世の中のパパたちにも届けたい。子育ての喜びを情報発信・拡散させていくことで、親も笑顔になり、愛情が注ぎ込まれた健全な子どもたちが育つ。そんな子どもを増やしていきたい。この思いが大きくなり、ついに退職し、子育て支援の会社を起こした。これが08年に設立した株式会社OZ Companyである。
その翌年、イクボスを世に知らしめたとも言えるファザーリング・ジャパン(代表:安藤哲也氏)と出会う。同NPOが掲げる理念「父親であることを楽しもう!」に大いに共感。ファザーリング・ジャパン九州を旗揚げし、現在に至っている。
なぜ、今イクボスなのか
ここで改めて、「イクボス」が必要とされている背景を解説したい。それは、大きく言って次の3つの要因が挙げられる。1.制約社員の増加
現在、子育て、介護、地域活動などにより、フルタイム勤務や、いつでもどこでも出張できる、残業ができる社員などは少なくなっている。子育てにおいては、共働き世帯の増加、女性の社会進出、政府による一億総活躍推進などにより夫婦共働き世帯が増え、父親の子育て、家事負担は当たり前となりつつある。また、若い独身世代においても、趣味やボランティア、SNSなどの広がりで、仕事以外のつながりやプライベートな活動を持つ人たちが増えてきている。一方、「2025年間題」もある。団塊世代が一気に乃歳に突入する25年。その年齢になると、約3割は要介護状態だという統計もある。介護する側の子の年齢をみると棚~、歳代であるが、その中の朔、鋤歳代と言えば、管理職の割合も多い。企業にとって並要なポジションにいる人が、子育て中の父親、母親と同じように残業ができない、休みも多くとらなくてはならない状況となる。このような事情から、性別、年代に関係なく、時間的制約を受けざるを得ない制約社員が増加している。
2.労働者不足
さらに深刻化していく労働者不足の問題がある。脂~“歳末櫛の生産年齢人口の減少がこれから加速していき、今から昭年後の30年には7千万人を割り込み、10年比で16%減少となる。特にその中でも、若年層の人口が少子化により大きく減っていく。すでに中小企業では、人材不足が一番の経営課題に挙がっているなど、深刻な状況にある(図表1)。3.固定観念を崩した斬新な価値観
戦後からの人口が増えていた時代では、人口ボーナス期と言われ、「人が増えれば需要が増える」と言われていた。また、海外からの商品や傭報も少なかったために、多少の付加価値を付けるだけでモノやサービスが売れていた。時間をかけた分だけ売上が伸びる、つまり時間と成果が比例していたのである。ただ、これからは、人口オーナス期(人口減少)である。商品やサービスも成熟し、便利すぎるほどの機能にあふれているため、ちょっとしたアイデアではなかなか人に選ばれない。しかも、グローバル経済による他国から斬新で高付加価値な商品・サービスがどんどん日本に入ってきており、競争はますます激化していく。
そのような中で必要になってくるのは、市場から真に求められるニーズの発掘とその商品化であるが、それらのアイデアは仕事以外の「ライフ」の部分にある。ビジネスの種を見つけるためにも、これからの企業人は、仕蛎以外の家庭や地域、異業穂との関わりができる時間を持たなければならないし、人がそこで得た気付きやアイデアを仕事に活かせる組織が必要となっているのだ。
以上3つのことから、これから企業や組織に求められるのは、
①制約社員がいても成果が出せる
②学生や転職希望者から選ばれる
③少人数でも成果が上げられる
④多様な人材からアイデアを満かせる
組織であり、これらをまとめると、必要なことは、「社員一人ひとりが決められた業務時間内に主体的に関わり、チームで成果を上げていける企業や組織づくり」なのである。
となると、これまでの人口ボーナス期における経営者や上司の固定化した価値観・仕事のやり方・男女の役割意識が残っていると、ワークライフバランス・女性の社会活剛・男性の家庭・地域活蹄、脱”超長時間労働”の妨げとなり、制約社員の意欲減退、出産や介護での離職者の増加、ひいては組織の競争力低下につながっていってしまう。こうならないために、これからは多様な人材を「管理する」から「活かす」ことができる「イクボス」の存在が官民問わず、すべての組織に求められているのである。
イクボスアクション
さて、ファザーリング・ジャバンと共に、2014年3月、「イクボスプロジェクト」と称し、「イクボス」普及活動を始めたところ、多くの企業が自社の決意を内外に発信する「イクボス宣言」を始め、それが広がりを見せている。お互いのイクボス経営体験を共有し、学び活かしていく場「イクボス企業同盟」も発足。3月1日時点で、大企業によるイクポス企業同盟は134社、中小企業乃社になっている。また、自治体ごとに企業、学校、行政が一体となった地方版イクボス同蝋や、建設、ITなど業界ごとに同盟をつくるケースも見られるようになってきた。
ただ、企業の実態は様々で、宣言はしたものの、その後、具体的にどう行動していけばいいのかわからないという組織も見受けられる。そういった経営者・管理者のために、ファザーリング・ジャパンでは、行動指針となる「イクボス10か条」を策定し、提唱している(図表3)
図表3 イクボス10か条
◎理解 | 現代の子育て事情を理解し、部下がライフ(育児)に時間を割くことに、理解を示していること。 |
◎ダイバーシティ | ライフに時間を割いている部下を、差別(冷遇)せず、ダイバーシティな経営をしていること。 |
◎知識 | ライフのための社内制度(育休制度など)や法律(労基法など)を、知っていること。 |
◎組織浸透 | 管轄している組織(例えば部長なら部)全体に、ライフを軽視せず積極的に時間を割くことを推奨し広めていること。 |
◎配慮 | 家族を伴う転勤や単身赴任など、部下のライフに「大きく」影響を及ぼす人事については、最大限の配慮をしていること。 |
◎業務 | 育休取得者などが出ても、組織内の業務が滞りなく進むために、組織内の情報共有作り、チームワークの醸成、モバイルやクラウド化など、可能な手段を講じていること。 |
◎時間捻出 | 部下がライフの時間を取りやすいよう、会議の削減、書類の削減、意思決定の迅速化、裁量型体制などを進めていること。 |
◎提言 | ボスからみた上司や人事部などに対し、部下のライフを重視した経営をするよう、提言していること。 |
◎有言実行 | イクボスのいる組織や企業は、業績も向上するということを実証し、社会に広める努力をしていること。 |
◎塊より始めよ | ボス自ら、ワークライフバランスを重視し、人生を楽しんでいること。 |
さて、最後にイクボス10か条に照らし合わせた実際の継営事例を2つ後掲する。ここに共通しているのは、常に経営トップが理念に真熱に向き合い、ビジョンを明碓に全社員に伝え、そこからプレることなく志を貫いていることである。そのボスの本気度は社倒に伝わる。それは「安心感」につながり、スタッフ一人ひとりに自発的なアイデアや改善提案、制度活用などの「行動」が生まれ、組織風土として根付いていっていることが理解できる。
中小企業がどう取り組み、どのような成果が出ているのか、参考にしていただきたい。なお、2016年度より、内開府は「企業主導型保育事業」を推進しており、一定の要件で保育施設の設置や運営費等を助成している。ぜひ信用金庫においても託児所の開設を検討されてはいかがだろうか。同時に、ぜひともイクポス宣言を拡大していっていただきたいと願う。
(出典)全国信用金庫協会発行 機関誌「信用金庫」2017年4月号