[結果発表] 第二回イクボス充実度アンケート調査

【第12回】青野慶久さん(サイボウズ株式会社 代表取締役社長)

[公開日] [最終更新日]2017/02/20


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今回のイクボス・インタビューは、サイボウズ株式会社代表取締役社長の青野慶久さん。クラウドベースのグループウェアや業務改善アプリを軸に急成長を遂げ、社内制度においても抜本的な改革で“ヘルシー”な職場を実現させた。自身も2度の育休をとったイクメンでもある青野社長に、新しいボスの価値観と、次なるビジョンについて伺いました。

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<青野慶久さん プロフィール>
1971年生まれ、愛媛県出身。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現パナソニック)(株)を経て、1997年、愛媛県松山市にサイボウズ株式会社を設立。2005年4月に代表取締役社長に就任。2児の父として育児休暇を取得するなどイクメンとしても活躍中。

きっかけは社員の離職率の急激な増加

安藤:制度改革する以前はどのような働き方でしたか?

青野:僕自身、昭和の人間で働くことが大好きでしたし、進化のスピードが速いIT業界のベンチャー企業で土日がないのは当たり前、仕事のために会社に居続ける自分を「それでいいんだ」と肯定し、「ハードワークで乗り切るぞ!」という感じで働いていました。ただ、会社が大きくなっていくにつれ離職者が増え始めまして……。最初のころは「IT企業はそんなものだ」とも思っていたのですが、2005年、創業9年目で社員の離職率が28%になってしまいました。

安藤:辞めていった理由は?

青野:理由はいろいろで、男性社員は起業したいとか、女性社員は結婚、出産などでした。でも、ここまで離職率が上がってしまうと新たに社員を採用しないといけないし、採用するとなると社員教育などにコストや時間もかかって効率が悪いし、品質維持も大変ですよね。そこで、発想を変え「社員が辞めない会社を作ろう」と思い、残ってくれている社員の意見を聞きながら、社内制度を変えていこうということになりました。

そんな中で最初にできた制度が、「残業しない」という働き方を選べる制度です。「会社に残って仕事したい人は残り、帰りたい人は帰っていい。ただし、残業しない働き方を選んだ人には残業代は出ません」と伝えたら、当時は毎日残業につぐ残業で徹夜する社員も多く、朝出社すると会社の会議室で寝ている社員もいるぐらいでしたので、「社長は社員の残業代を減らしたいのですか?」と猛反発にあいまして……。実際、この制度で「残業しない」働き方を選択していたのは小さい子どもを持つママ社員が少しだけで、彼女たちは申し訳なさそうに早く帰っていましたね。

そんな時に子どもが生まれ、僕自身も育児休暇をとったのですが、「育児しながら仕事をするのはこんなに大変なんだ」と、当事者として初めて気づいたんです。そして、「会社の制度としてはまだまだ足りない」と実感しました。よくよく考えてみると、ママ社員が「子どものお迎えがあるから」などと申し訳なさそうに帰ることっておかしいですよね。むしろ、「子どもを育てている」というのは次の市場を作ってくれているわけだから、「安心して出産や育児をしてください」と送り出してあげないといけないはずです。この辺の考え方を根本から変えようと、会社として「より多くの人が、より成長し、より長く働ける環境を提供する」とポリシーを定め、ワークライフバランスに配慮した制度や社内コミュニケーションを活性化する制度を積極的に取り入れ始めました。

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安藤:具体的にはどのような制度ですか?

青野:社員の働き方についての代表的な制度としては、育児や介護に限らず通学や健康など、ライフスタイルの変化や個人の事情に応じて会社が提示する9つの働き方から勤務時間などを決めることができる「選択型人事制度」や、生産性の向上を目的に、働く時間や場所に制限を設けない新しい働き方の制度である「ウルトラワーク」、最長6年間の育児・介護休暇などが大きな柱です。育児休暇については、男女問わず、子どもの小学校入学時まで取得が可能になっています。

安藤:「小1の壁」問題もありますから、6年間の育児休暇というのはいいですね。

青野:そうですね。うちの会社では、子どもがそろそろ小学生にあがるという社員が出始めてきたのですが、学校が夏休みになると、子どもは学童保育で1日中過ごすことになりますよね。夏休みの学童って、子どもが喜んでいくところでもないし、毎日行きたいようなところでもない。かといって、お母さんが働いているから行き場がない……じゃあ、会社に連れてきたら?ということで、今年の夏休みの時期から子連れ出勤の試験運用にチャレンジしました。

安藤:子どもたちはどこにいたのですか?

青野:ラウンジのスペースに、ついたてを利用して臨時で学童ルームを作りました。子どもたちには会議にも参加してもらったりもしましたよ。

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安藤:社員の反応はいかがでしたか?

青野:もちろん良かったです。なぜ良いのかというと、これらは全て僕が考えたものではなくて、社員皆で考えたものだからです。

安藤:社内に新しい制度を作る委員会のようなものがあるのですか?

青野:サイボウズでは、人事をはじめとする社内制度すべてについて、社員同士で検討する場が用意されています。新しい制度を作りたい場合は人事に申し出ると、それをテーマにしたワークショップが開かれます。ワークショップには誰もが自由に参加して自由に発言でき、開催するたびに必ず議事録にあげ、制度が完成するまでのプロセスをオープンにしながら作っていきます。ですので、「新しい制度が完成した」ということは、「その制度について皆が納得している」という状態なわけです。だから社長の僕はラクなんです。「よし、いけ!」と言うだけですから(笑)。

安藤:なるほど。無理やりトップダウンでいこうとするから社内で摩擦が起きるんですよね。

青野:そうです。現場がわかっていないトップがあれこれ言ってもなにも始まらないと思いますよ。

安藤:皆で決めた制度だからこそ、業務へのコミットにつながりますよね。権利を主張したぶん結果も出さなきゃという。

青野:そうなんです。ただ僕は、「福利厚生だけが目的の制度には絶対しない。福利厚生だけが目的だったらお金を出さない」と常に言っています。僕たちがめざしているのは、良いグループウェアを作ることです。新しい制度によって良いグループウェアを作ることができるのなら、どんな制度でも作っていいといっています。

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制度改革後、会社全体が“ヘルシー”になってきた

安藤:他にはどんな制度や施策がありますか?

青野:社員同士の交流を促進しチーム力を高める、すなわち社内コミュニケーション活性化のための施策のひとつに「部活動支援」というものがあります。本部をまたぐ5人以上のメンバーを集めれば部を発足することができ、部員ひとりあたり年間10,000円まで援助しています。

安藤:青野社長も何か部活に入っているのですか?

青野:僕は野球部と映画部に入っています。子どもがいるのであまり参加できないのですが、先日は、炎天下の中野球部の試合にかりだされて大変な目にあいました(笑)。多分僕が部員の中でいちばん下手なんですけど、チームのポリシーが「全員野球」で、1回は必ず試合に出されるんです(笑)。チーム自体は強くて、文京区の大会で優勝しました。

安藤:IT業界で野球部ってめずらしいですよね(笑)。でも、そういうのもコミュニケーションのひとつですよね。

青野:ジェルネイル部もありますよ。部の活動報告は全社の掲示板に上げるのが決まりなのですが、「今日のネイルのデザインはクリスマス風です」とかアップされていたりして。「どうでもいいや」って感じですけど(笑)、このような、横のつながりの中でどうでもいいコミュニケーションがあると、組織は活性化しますよね。

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安藤:そうですよね。家庭でも職場でも、どうでもいいことが言えているかどうかが大事ですよね。居心地が悪かったり緊張感があったりすると、「こんなこと言っちゃいけないんじゃないか」って雰囲気になりますし。

青野:そうなんです。「組織に対してなんでも言える」という安心感があることが大切だと思います。

安藤:これまで取り組んできた働き方の改革や社内コミュニケーション活性化の施策で、社員の働き方は実際に変わってきましたか?

青野:変わってきましたね。残業時間も確実に減ってきていると思います。昔は夜10時で半分くらいの社員が残っている感じでしたが、今は10時まで仕事する社員はほとんどいないですね。8時で半分くらいでしょうか。僕自身も大体8時くらいに退社しています。

安藤:昔からすると考えられないですよね。

青野:はい。昔は夜11時より前に帰るというのはありえなかったですから。その日のうちに帰ろうとすると「おまえは今日最後までやりつくしたのか?」という言葉が耳元から聞こえてくるような状態でしたからね。ただ、ここでもう一度はっきり言っておきたいのは、僕がやりたいのは「皆を早く帰らせる」ということではなく、「自分自身で働き方をきちんと選択してほしい」ということなんです。会社でどんどん仕事したければ会社に残ってもいいし、早く帰りたい人は自由に帰っていい。でも、それを理由に評価はしないということです。

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安藤:目標設定などについてはどのようにされていますか?

青野:社員一人ひとりが半期ごとに目標を立て、その都度上司と面談する形で達成度を確認するという感じです。

安藤:面談の時の社員の様子は変わりました?

青野:昔とは全然違いますよ。全社的に残業が減りましたし、社内のコミュニケーションも活発化して社員ひとりひとりのモチベーションも高まり、会社全体が“ヘルシー”になってきました。実は先日、某大手メーカーの30代の男性が、給料が下がってでもいいからうちに転職したいと面接にきたんです。学歴も経歴も申し分ない彼がいうには、今の会社は月の残業時間が少なくとも月80時間あり、社員がうつ病など何らかの病気を抱えている割合を表す罹病率が、5%~10%もあるとのこと。「御社の罹病率は何%ですか?」と聞かれたので「ゼロですよ」と答えたら、衝撃を受けていました。うちの会社がいかにヘルシーかということが、客観的に認識できました。

安藤:ワークライフバランスやイクボスが進むとヘルシーな職場になりますよね。罹病率がゼロというのも素晴らしいです。長い目で見たら、会社が疾病手当を払わなくてもいいわけですから。他の会社から優秀な人材がやってくれば採用コストも減りますし。改革の成果が出てきましたね。

青野:本当ですよね。僕自身、子どもを育ててみて気づきました。そもそも働くことって、何のためだっけって。人間性を失ってまで、仕事ってやるべきなのかということです。そこにようやく気づきつつありますね。

安藤:僕も以前IT企業に勤めていました。改革前のサイボウズさんと同様、会社は不夜城で、多くの社員が「会社にずっといることが存在意義」みたいに仕事してましたよ。でも同僚からは、仕事を優先するあまり家庭がぼろぼろになったり、子どもと愛着が生まれていないなどの話を良く聞いていました。本当に、「何のために働いているの?」ってことですよね。青野社長がご自身でそこに気づいたからこそ、今のヘルシーな職場ができたと思います。

青野:そうですね。皆から教えられたことも多いですけどね。

今後のプランは、独立支援制度、介護の制度、障害者雇用

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安藤:今後、新しいプランはあるのですか?

青野:社員の平均年齢が上がってきていまして、今は平均年齢が33才なんですけど、中途で入ってきた人も含めて50代~60代の社員も出始めています。その辺の年齢層の社員に向けた独立支援制度をやりたいと思っています。

安藤:早期退職させようじゃなくてね。

青野:そうです。無理矢理会社から追い出す早期退職はちょっと不幸ですよね。でも、「会社がちょっと背中を押してくれたら新しい道を見つけて頑張れるのに、それがないから会社にしがみつかないといけない」という発想も良くないと思います。大量生産するために均一な仕事しか与えられず、優秀な人材が外に出る機会を失ってしまう……これはおかしいと思うんです。独立支援制度については現在社内で何度もワークショップが開かれていて、実現するための具体的な方策を真剣にディスカッションしています。

安藤:なるほど。新しい独立支援制度、いいですね。ところでサイボウズさんは中国、ベトナムと海外拠点もありますが、海外拠点においてもこれまでの話に出てきたような制度や施策は適応するのですか?

青野:うちは基本的に多様性重視なので、基本的な考え方だけ伝え、あとは現場の判断にゆだねています。国のフェーズが違うので、同じことをやったからといって喜んでくれるとは限りませんので。

安藤:会社がグローバルになると、制度もグローバルになりますね。

青野:そうですね。先ほどもお話しましたが、このようなアイディアは、単なる福利厚生のためだけだと承認はできませんが、社内コミュニケーション活性化につながる投資と考えれば安いものですよね。新しく社内制度を作るにあたっては、この辺の筋をきちんと通しておくことが大切だと思っています。制度と、それを通して実現したい目的を必ずセットにして共有する。どの制度も考え方は同じです。

安藤:そうですよね。企業がワークライフバランスに取り組みはじめると、権利だけを主張してくる社員が増えてくることもあります。「制度なのだから使わせろ」みたいな。でも、「制度は使っていいけど結果も出す」、それができて初めて会社としての成果があらわれるということになるのですよね。

青野:そうです。両方にメリットがあれば続けられますから。「制度と目的を両立させる」というのがベストですよね。

安藤:そうなんです。実はその辺の所で、まだまだ未熟なボスがいるんですよ。例えば時短勤務しているママ社員に向かって、「重要な仕事は僕らがやるから早く帰っていいよ」と平気で言ってしまう。そうすると、ママ社員は「私が家に帰ってから会社で重要なことが進んでいるんだ」と、モチベーションが下がってしまいます。

青野:もったいないですね。

安藤:上司に「早く帰っていいよ」って言われていながら他の社員はたくさん会社に残っているから、取り残され感があるんです。で、モチベーション下げたまま、2人目ができると辞めちゃうという……。

青野:本当にもったいないですね。イクボスは、福利厚生的な視点と「生産性を高める」という視点、両方を両立させることが大事ですよね。

安藤:そうです。そこを僕らも常々言っているんです。ボスの評価というのは“結果”ですから。業績をあげながら働きやすい職場を作り、人も育てていかないといけないんです。青野社長のように自分で子育てしたり、さまざまな社会活動したりなど「ボス自身も人生を楽しんでいないとだめだよ」って言っているのですが、実践できているボスがまだ少ないので、こうしてお話をお伺いしてロールモデルとして紹介しているんです。あと、今後について何か考えていることはありますか?

青野:介護についての具体的な制度をそろそろ考えないといけないですね。明確な介護休暇などはまだないのですが、事例として具体的に出始めているので、制度化したいと思っています。

安藤:大企業にいると、「介護を口に出すと出世できなくなる」というようなマインドが働いていて、家庭で介護の問題を抱えていても中々会社に言い出すことができない40~50代の中間管理職が増えてきているようです。ですので、40~50代くらいの社員向けに介護準備セミナーを開き、来たるべき時に備えてもらえるような取り組みを行う企業も増えてきているようです。事前に知識があれば、急にきてもおろおろしないですみますからね。

青野:そうですね。僕たちも、介護に関しては知識を早めにつけといたほうがいいと切に思っています。

<イラスト:東京新聞>

安藤:青野社長は「イクボス10カ条」はほとんどクリアできているような気がしますけど、どうですか?

青野:そうですね。大体は問題ないと思います。ただ、今申し上げた介護などは、会社にとっては新しい問題であり、その知識が今のところはあまりない状態です。

安藤:育児や介護など時間制約のある人をどう生かすかが、まさにイクボスの仕事ですからね。

青野:そうですね。そういう意味からいうと、まだできていないのがもうひとつあります。障害者雇用です。来年オフィスを移転する予定で、そのタイミングで真剣に取り組もうと思っているのですが、今の時点ではまだ知恵を絞りきれていない状態です。

安藤:障害を持つ方に、新しい仕事を与えたりなどをお考えなのですか?

青野:はい。まだ社内的には理論段階なのですが、名刺の入力とかカタログを並べたりとか、社内にある軽作業って実はいろいろあるのではないかということで、まずはそれを一度全部出してみようということになっています。障害を持つ方もそれぞれスキルが違うので、うまくマッチングしながら仕事を増やししていける方法を考えていく。このようなことに、経営者としてきちんと取り組んでいきたいと思っています。

安藤:ニュージーランドでは、障害を持つ人たちを「スペシャル」と呼びリスペクトして、社会にうまく取り入れていますよね。

青野:日本人って、変な公平感にとらわれてしまって、その人ができないところに目がいってしまいがちだと思うんです。でもそうではないですよね。ひとりひとりに良いところは必ずあるはずで、その良いところを社会全体で生かしていかないと。「この人は何ができるのだろう」と探して行くことも、僕たちの仕事だと思っています。

安藤:できないことではなく、できることを探すということですよね。

青野:そうです。その発想のほうが効率がいいということに皆が気づけば、日本ももう少し、多様化が進むのかなと思いますね。

安藤:そうですね。最後に巷のボスたちにひと言お願いします。

青野:僕自身、一企業の社長として社員のさまざまな働き方に付き合っていくことが、今すごく楽しいです。みんなそれぞれじゃないですか。それをうまく受け入れて、福利厚生的な観点と生産的な観点がぴったりマッチした時の喜びは、何にも変えられないですよね。本人も嬉しいですし、僕も嬉しいですし。最終的に、僕らは人間の幸せをつくるために働いているわけです。「社員だけが苦しんで働き、お客さんだけが喜んでいる」というのはおかしな話です。売り上げや利益ももちろん大切ですが、もっと大事なことが仕事としてあるのではないか……と、社員全員が、このような価値観にシフトしてきているのを実感できてきているので、毎日が楽しいですね。

安藤:先日お会いしたボスも、青野社長と同じようなことを言っていました。「これからは成長ではなく成熟をめざす」と。「顧客満足をめざすと当時に社員満足もめざす。社員を満足させたほうが結果としていい仕事ができる」と。

青野:全く同感です。大切ことは、会社ではなく社会に視点を置くことですよね。会社の中しか見ていないボスは、会社がすべてですよね。だから会社を出た瞬間、役に立たなくなります。フルタイムで働く社員を毎日叱りつけながら働かせることしかできないボスには、残念ながら価値はないと思います。これからは、多様な価値観を受け入れ社会的な視点を持つボスを増やしていくことが大切だと思います。

実は、私ごとですが、来年2月に第3子が生まれる予定です。一人目の時には生後6カ月の時に2週間、二人目のときは毎週水曜日休みを半年間と育休をとってきたので、今度はどのようにとるか検討中です。会社としても、「世界最強のイクボスを出す!」というようなムーブメントを起こしていきたいと考えています。

安藤:おお!僕も子ども3人いますが3番目はこれまた超面白いですよ。またまた育休を取って青野さんがどんな改革をするか、今後のサイボウズにもますます期待しています。今日はありがとうございました!

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