[結果発表] 第二回イクボス充実度アンケート調査

【第17回】小室淑恵さん(株式会社ワーク・ライフバランス 代表取締役社長)

[公開日] [最終更新日]2020/06/13


イクボス・ロールモデルインタビュー第17回は、株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役社長の小室淑恵さんが登場。

自社の働き方改革はもちろん、全国約900社でコンサルティングを手がけ、内閣府、厚生労働省、経済産業省などの委員を歴任。全国で講演、執筆活動を行っている。ご自身の働き方への気づきと、これからの働き方や管理職のあり方について伺った。

<小室淑恵さんプロフィール>
資生堂在職中に女性が働きやすい社会を実現するために、インターネットを利用した育児休業者の職場復帰支援サービス新規事業を立ち上げ。資生堂退社後、2006年4月第1子を出産。3カ月後の2006年7月 株式会社ワーク・ライフバランスを設立。安倍内閣 産業競争力会議 民間議員、厚生労働省「イクメンプロジェクト」委員、経済産業省「産業構造改革審議会」文部科学省「中央教育審議会」委員ほか。2児の母でもある。

専業主婦志向からの意識転換

安藤:普通の女子大生だった小室さんが、どこでスイッチが入って、今に至ったのか。そもそものところから教えてください。

小室:大学生の時までは、専業主婦志向だったんですよ。女性が頑張ることは社会から望まれていないと感じていました。

自分がどうありたいかと言うことよりも、周りからどう思われているのかと言うことの方が大事でした。自分が頑張って頑張って嫌われるよりも、好かれる生き方をしたい。「好かれる存在=いいお母さん」というイメージ。むしろ頑張って負けることは悔しいし、怖い。結果、負けたことにならないための自己防衛から、負けない生き方をしよう。それには仕事をしないで家庭に入ることだと、自分を思い込ませていた感じがありました。結果的に負けたと見られないように、「私は最初から働きたくないんだ」と周知徹底しておくと言う予防線まで張っていました。

安藤:女子大の授業で学生に訊くと、専業主婦志向の人もまだ結構います。そんな風に思っていた小室さんの意識が変わったのは、なぜですか?

小室:大学3年生の時に、猪口邦子さんの講演を聞いたんです。大学3年生という時期も重要だったと思います。自分の進路を決めるタイムリミットも迫っていたので、本当に決断をしなくてはならない時期。「働いて子育てする人が商品やサービスを作らないといけない。消費者にそういう人が増えるわけだから、増えゆくマーケットを海外に取られてしまう」と。論理的に考えても全くその通りだと思いました。

それまでは女性が働くということは、女性の権利という考え方だと思っていました。女性が平等であるために、社会が配慮して変わってくれないといけないという考え方。どこか女性ってクールでシビアな考え方を持っていますから、利益と関係ないところで、企業から情けをかけていただくのは日本のためにならないと思っていました。育休を取ったり働き方に制限がある女性が会社の中にいること自体が、社会のご迷惑。日本のためにならないし、そこまでして自分をPRしたいと思わないですからと。

猪口さんがすばらしかったのは、経済合理性に基づいて説明をしてくださったことです。先の先を読んでしまう女性に対して、小手先で女性に配慮してくれる話はいらないんですよ。猪口さんが「根本的にそれをやらないと、日本は勝てない」と、今までの概念をひっくり返す話をしてくださったので、目からうろこでした。

安藤:女性の権利としてではなく、マーケット問題がそこにあったわけですね。

小室:お話しを聞いて全身に鳥肌が立ちました。それなら私も頑張りたいのにという気持ちになりました。もうすでに自分は間に合わない感じがしたんですよ。社会には英語が必要という情報も入ってきてはいたけれど、働くつもりがないから英語もやってない、仕事に必要じゃない単位ばかり取っていました。このまま社会に出たら、いかに自分が使えない人間なのかということがわかっていたんです。一瞬逃げ出したくもなりました。

私の場合は単純だったことが幸いして、「人生変えたい!」と思うようになりました。本を読むのが好きだったので、山ほど読んでいましたから、「だいたいの人はアメリカに行って人生が変わっている」と思って、「よし私もアメリカに行こう!」という単純な発想。それでアメリカに行こうと思ったんです。
そのとき後押しになったのが、母が「いいんじゃない~」って言ってくれたことですね。ちょっと懸念していた父を裏で説得してくれて、大学3年生の2月の試験が終わった翌日のチケットで渡航して1年弱、アメリカで過ごしました。

人生を変える!アメリカへ

安藤:アメリカでの生活で得たものは何でしたか?

小室:英語もしゃべれないし、貯金していなかったからお金もない。留学でもないから通う学校もない。ですから暇だし、場所がないわけですよ。知人のところに1~2週間滞在させてもらいましたが、居場所がないので、近くのヤオハンというスーパーの掲示板に「無料でベビーシッターします。寝床とご飯をください」という張り紙を出し、シングルマザーが、私を雇ってくれたんです。

居間のソファーで寝ていい、パスタはソルト&ペッパーで食べていい……という条件。2歳のシーラという女の子のシッターをしました。お母さんのスザンヌが育休中で仕事に戻るまでの間、サポートすることになりました。彼女は証券会社に勤めていましたが、育休中に証券業務に必須の2つの資格をイーラーニングで取得し、育休前よりも昇格して仕事復帰していきました。このことから、これからはインターネットが時間や働き方に制約がある女性の働き方を変える、そういう働き方ができるんだと感じました。

今から20年近く前です。日本ではひたすらインターネットを阻止していた時代。彼女を見たときに、ITは冷たく怖いツールではなく、ハンデのある人を救う温かいツールであるという、私の中でドラスティックな発想の転換になりました。「インターネットを使って、女性の働き方を変えることができる!」という夢の卵みたいな想いを持つことができたのが、人生においてとても大きかったと思います。

安藤:その体験を経て就職。入ったところが大手化粧品メーカーの資生堂だった。そこで何を感じましたか?

小室:そもそも就活で40社くらい落ちましたから、入れていただいた時点でありがたかったですね。

安藤:資生堂には何年いたんですか?

小室:7年半いましたが、最初は奈良支社に配属され、入社1年ちょっとで社内のビジネスモデルコンテストでプランを出して、優勝したきっかけで本社に勤務するようになり。本社でその事業を5年半やりました。その後、川崎支社に移動になり、営業統括を1年半やり、その後起業しました。

営業活動の中から、働き方の問題点が見えてきた

安藤:資生堂時代は、ワーク・ライフバランス的な働き方はできていましたか?

小室:全然ダメでしたね。奈良支社のときは、会社から徒歩圏内のところに住んでいました。先輩に追いつくために、まさに時間で勝負していましたね。23時24時…夜中の2時までやっていたり。先輩に夕食をごちそうになって、そのあとまた会社に戻って仕事をすることもよくあり、まさに残業三昧でした。その後本社配属になり新規事業を立ち上げたときも、かなり残業時間は多かったです。

安藤:そんな働き方をしていた小室さんが、ワーク・ライフバランスという考え方にいくついたプロセスはどうだったんでしょう。

小室:ワーク・ライフバランスという考え方自体は、2000年頃に読んだ学習院大学の先生の論文などから、こういうことは重要だと頭ではわかっていました。女性が働きやすい社会を実現するために、インターネットを利用した育児休業者の職場復帰支援サービス新規事業をビジネスモデルで立ち上げてそれを売りながら、最初は女性が育休から復帰できないことが問題だとずっと思っていました。復帰できないから復帰できるようにしようと、復帰支援のプログラムをいろいろな企業に売り歩く中でわかったことが、結局、復帰した後に、職場が長時間動労だと辞めてしまうという現実でした。

もうひとつは、男性も介護で休み始めていたり、うつ病で休み始めていたり、男性で育休を取る人が増えてきたりという現実がありました。ある大手企業は、女性の育休者よりもうつ病で休む男性の方が多かったりしていました。

安藤:うつ病などの精神疾患の従業員を抱えている企業は多いようですね。

小室:男性が休む理由が増えているということが衝撃的だったのと、特にうつ病の場合は、職場が長時間労働だと、戻ってもすぐに再休職してしまうわけです。復帰を支援しても、ずっと終わらない。復帰を支援した後の職場を変えることを同時にやっていかなくては、根本的な原因が変わらないということに、育休者の復帰支援のプログラムを企業に売りながら気づいたわけです。

いろいろなデータを見れば見るほど2007年になると団塊世代が一斉退職する、労働力人口が激減すると気づきました。いろいろな企業から社員ピラミッドをもらって試算してみると、ある企業は十年後に社員数が半分になってしまうという現実が分かりました。

労働力人口が激減する中で女性を活用する、介護中の人も働けるようにする、うつ病からも戻れる職場にするということを精一杯やって、なんとか日本のマーケットを維持できるということが2003年頃には私の頭の中でクリアになっていました。少子高齢化、労働力人口の減少……。だから早く働き方の改革をしなくてはならないと。今でも使っている「企業ニーズ」というスライドは実は2000年からずっと使い続けているスライドです。

安藤:社内ベンチャーから、起業に至ったのはなぜですか?

小室:当時はいろいろな賞や、日経ウーマンの「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」などもいただいて、この事業を頑張っていれば、何となく自分のなかで成功できるイメージはあったんですが。この事業じゃなく、働き方を根本から見直すことをしなくてはならないという想いがあり私の中でせっぱ詰まって「起業します!」と辞表を出したというのが、2005年の夏でした。

働き方改革は、自分が肩身の狭い思いを感じたから

安藤:起業のときに、第一子を授かったんでしたよね?

小室:何の脚色もないのですが、資生堂に辞表を受理いただいた翌日に妊娠がわかったのです。結婚は2003年にしていました。

私としては当時は、「起業とは夜討ち朝駆けでやるものだ」という意識がありました。学生時代はネットベンチャー「ネットエイジ」でインターンしていましたから、ネットベンチャー時代は押入で寝ていたなんていうこともありましたし。それを自分もやるつもりでいたんです。

でも1日3回吐いてしまうくらいのつわりだったので、そんな自分が起業できるというイメージが持てなかった。絶望して起業できないと思い込んで、泣いて現在の創業期からのメンバーである大塚に涙ながらに話したのを覚えています。

そのときに大塚に「ワーク・ライフバランスの会社、やるんですよね?」って、「あなたがどうすることがいいと思いますか?」と言われて。まさにコーチングなんですが。
私がメソメソしながら、「育児して、仕事との両立を体感して、それをノウハウにして、それをやりながら起業した方がいい気がしてきた」と言うと、大塚が「そういうことです」って(笑)。「そういう人と起業した方が、私も実感が持てます」と言ってくれたので、初めて、そうかこれって天命なんだと思いました。

でも、まず産んでみないとということで、産むことに専念して、4月に出産し、出産の数週間後に一大プレゼンが決まっていたので、そこに行かないとチャンスが取れないと思ったことで、その日が起業の日になりました(笑)。

安藤:その後気が付いたら会社が残業体質になっていた。

小室:私以外は残業がいけないと思っていなかったし、「全員に残業させない」という意識は創業当時はありませんでした。特に、大塚は私が帰らなくてはいけない分をカバーするつもりで残業してくれていた。そのことに対して、自分のせいなので「悪いな」という思いもあって、否定するなんていうことは思いつかなかったんです。しかし起業してまもなく大塚が妊娠したことで気づきました。私が感じている、「時間がある私の制約のせいで負担をかけて申し訳ない、毎日頭が上がらない」という肩身の狭さを、みんなが感じるようになるんだなということに。

密かに自分自身のモチベーションもダウンしていたんですよ。社員には言わないけれど、最後に頼られない自分。時間外にいられないと頼りにならない、会社にいる人がいろいろ決めてくれるという状況になっていて。それって意欲を失わせるし、能力を発揮できなくなるんだなと思ったんです。

「こんな気持ちに大塚がなってはいけない」と思いました。これから入ってくる社員たちが、みんな結婚出産して、順番に同じ気持ちになるわけですから。社長じゃない立場だと、肩身の狭さは私以上のものがあって、それを苦に辞めていくような社員もいるんじゃないかと思ったときに、会社が変わる方が断然早い。これは組織の問題であって、個人責任でやることではないと。

むしろ戦略としてバーンと打ち出した方がいいんだと私の気持ちの中で整理できた。これができたのは、私自身が肩身の狭さを感じた経験が大きかったと思いますね。

個人が抱えている仕事を見える化して、解決

安藤:ボスとして働き方の改革を進めたということですね。でも最初は「残業をやめましょう」という社長の方針に反発もあったんじゃないですか?

小室:そうですね。あなたのためにやっているのに、よかれと思ってやっているのに……というのはありましたね。大塚も妊娠する前は、いっぱい反発していました。妊娠する前にも残業をやめようと言っていましたが、まったく聞いてくれませんでしたね。

安藤:大塚さんが元在籍してた会社も、ハードワークだしね。

小室:24時間型の働き方で成功体験も持っている。ベンチャー型の働き方、高揚感も持っていたタイプだったので。

みんなから反発されたときに、何で仕事が終わらないのか、どういう仕事内容なのか、どこで時間がかかっているのかがわからなかったんです。それをきっかけに、今900社以上に導入している朝メール( http://www.work-life-b.com/asamail.html )が生まれたんです。1週間何しているのか書いて、1日に何をしているのか分析して欲しいと伝えて、「朝メール」をやって初めて、時間の段取りが悪い、自分の知識不足でお客様の対応ができない、それを夜に大量の調べ物をしていたり。先輩に1時間でできると言われた仕事が、本人は3時間かかる……それは時間でカバーするしかないとずっと思っていたというようなことが分かりました。

1時間でできる仕事を3時間かかってしまっているところの、スキルアップと知識アップに向き合わずに、ひたすら時間と根性でカバーするというやり方。家に帰ると疲れ果てて寝るしかない。これを繰り返している自分の悪循環に社員達も気づきました。と同時に私も、ある社員の「朝メール」を見たときに、会計系の仕事でかなりの時間取られていることがわかりました。彼女は会計系の学科を出ているので、会計業務をやってくれていたんです。私は会計業務になぜそんなに時間がかかるのか、理解できないから、大変さをわかってあげられなかった。上司が部下の大変さを理解してあげられないから、解決策を打ってないという上司側の問題点がわかりました。

安藤:精神論だけでは解決しないよね。

小室:会計にかけている時間を計算したら、その業務を月3万円くらいでアウトソーシング出来る会計会社があることがわかり(笑)。そのほうが会社にとってもメリットがあることが一瞬にして試算できたんですよ。彼女も会計の学科は出ているけれど、実は会計はあまり好きじゃなかったってことで。外に出してお互いにスッキリしました。彼女はスキル面などの内的要因について、自分で目を向けることができ、私に対しても「社長が解決のために動いてくれた。私だけのせいにしなかった」という信頼感がうまれて、仕事の仕方が劇的に変わりました。


安藤:それはまさにイクボスですね!

小室:上司と部下との信頼関係って、本当に大事だなと思いました。その社員も、今は仕事ができる人の代表みたいになっていますが、以前はパワーポイント作るのに3日間かかってましたから(苦笑)。すごく育ったんですよ。1人の人がこんなにも変わるのかというくらい変化しましたね。

どんな人が入社してきても、弊社で育てることができると自負しています。ちゃんと上司がコミットして内的要因に向かえば、必ずいい変化が出ると思います。その一番の原点は、私自身の大学時代の変化です。人って、化けるのはきっかけ次第。周りにいる人がメンターとしての力を発揮できる職場が一番生産性が高いんですよ、みんなが成長するから、全員の生産性が上がります。いい人材を取りに行くばかりでは、そのために給与や待遇など、いい条件を提示しなくてはなりません。常に高コストになるわけです。普通の人を採用して“化けさせる”方が、一番会社は儲かります。化けさせる力を持っている会社が儲かるし伸びていきますね。

安藤:社員に配慮するだけ、優しいだけがイクボスだと思っている人も多いけど、そうじゃなくて、社員を育成して利益を出すことがイクボス。結局、上司はそこで評価されるわけだからね。

小室:本当にそう思います。時には厳しいこともあると思いますが、信頼関係があるからこそ、根本的課題を指摘されたことに対しても、立ち向かおうと思えるんだと思います。この「思える」かどうかが大事ですね。立ち向かって変化した社員は、その変化した体験を後輩に「あなたがもしずっと変えられないで抱えてきた課題があるなら、この会社なら変えられるよ」と語ってくれるので、成長が連鎖します。

子育てにも、イクボス的考え方は通じる!?

安藤:イクボスは自分の家庭の中でもナイスな親だと思うけど、小室さんは家庭の中ではいかがですか?

小室:悩みばっかりなんですが。長男は小学校3年生で、今まさに、思春期の入り口かなという感じです。人に向かい合ってきたというところは子育てにも活きているかなとは思います。

子育てを通じて学んだことの一番は、「人は罪悪感を持たせることでは変わらない」ということですね。怒る、叱るという北風型では人は変わらないけれど、承認して励ますことで人が変わる。罪悪感を持たせて、二度とやらせないようにするというような北風型のマネジメントが、今までの日本社会には非常に強かった。

安藤:苦難を乗り越えたヤツを評価する、体育会系なマネジメントですよね。

小室:そのスキルばかりを磨いて、いかに厳しく怖く伝えるかとなっていたと思うんです。内的要因って、自分が向かい合うかどうかを自分で決められてしまうので、自分が向き合わないと変われない。

子育てだとつい「やっちゃいけないんだよ」とこんこんと言い聞かせて、厳しく恐怖を与えそうになる自分がいる。なぜならそれを人様にやったら怖いと思うから。とにかくやめさせたいという気持ちがいっぱいになって怒ってしまうこともあるので。でも、言い聞かせながら、自分に「これは子どもに恐怖心を与えたいのか、直して欲しいと伝えたいのか」と自分で問いかけるので、自分のモードに戻せることがありますね。でも、子育ては本当に難しいですね。

これからの管理職に必要なのは、コーチング型マネジメント

安藤:これからの管理職はどう変わっていくべきと思いますか?

小室:今までの管理職の手法は、自分と似た人しか育てられないというところに、限界があったと思います。今までは、似たバックグラウンドで、似たタイプの男性しか入ってこなかったから、指示命令型でも一定の効果があったわけです。似たバックグランドを持っているから、「厳しく言っているけれど、きっとこの人は体育会系で……」とか、「こう言われているけれど愛されているんだ」と理解した上で、厳しかったり理不尽な指示も受け取ることが可能だった。怒られた側が理解してくれていたわけです。同じ背景を持っていない。同じ体育会出身でも今は体罰がないし、論理的に教えているところも増えているから、論理的にとおらないことは受け入れがたい。いろいろな人が入社してくると、指示命令型でなく、自分の力を引き出せるような、コーチング型のマネジメントが必要ですね。

安藤:ワーク・ライフバランス社の事業では、管理職向けの研修もしているんですよね。

小室:私たちは女性向けの研修とか、労働時間の見直しとか、パーツで依頼してきた企業に「そういうことではなく、何が原因でしたっけ?」と全体を分析するようにしています。
女性にだけ渇を入れる研修は、絶対にやってはならないと思っています。女性に原因があったみたいなことになってしまいますから。そうでなくて、「女性を活かせなかったことに問題があるんですよね」というところに持っていかなくてはならない。マネジメント側や組織体制の問題なのだということです。マネジメントが変わらないところに、研修をして意識が高まった女性を戻すと、能力のある女性が転職してしまいます。研修の効果が転職になっては何にもなりませんから。

管理職にコーチングの手法や考え方を伝えますが、コーチングの手法そのものを提供するというよりは、コーチングに近い手法を日常生活の中で取れるということです。日常のうっかりやっている行動を、こう変えればコーチング的になるということがいくつでもあるので、それを理解していただいています。
最後には長時間労働が評価されるのでは、すべてが水の泡になってしまいますから、根本の所は、長時間労働を変えること。それができないと、男性が育休を取りにくいですし、女性も働きやすくならないですし、女性が能力を発揮できたり、仕事へのモチベーションも生まれない。「短時間で生産性を高く働いた人を一番に評価しましょう」とルールも変えて、両輪でやっていく必要があります。

響かないイクボスには、世の中の現状を伝える

安藤:そうは言っても響かない人もいますよね。

小室:人口ボーナス期・オーナス期という考え方をレクチャーするのを昨年くらいから始めたんですが、大企業の社長クラスの意識が一瞬で変わるという体験をしました。(プレゼンテーションが動画で見れます→ https://www.youtube.com/watch?v=NTwOUPCI1w4&feature=player_embedded )彼らが一番頑張った時代は人口ボーナス期であり、人口ボーナス期に勝つためには、長時間労働はある意味正解でした。しかし日本はすでに人口ボーナス期は終わり、人口オーナス期に入って既に20年もたっています。日本の管理職たちが意識しているのは、中国、韓国で、こっちがワーク・ライフバランスなんて言っていたら長時間労働でハングリーに頑張る他国に負けるんじゃないかと思っているわけです。でも、中国、韓国はまだまだ人口ボーナス期です。日本の過去のやり方と戦うのは、まったくもってナンセンス。まもなく中国も人口オーナス期になるので、この人口オーナス期で勝てる戦略に早く移行することがポイントです。

人口ボーナス期の成功要因だったことは認めてあげたうえで、時間軸で整理してあげる。彼らが体験してきた、早く、安く、大量に時代のメソッドが、どうしてこんなに響かないんだということが整理して理解できるのが、この人口ボーナス・オーナスという考え方です。(プレゼンの全文を文章で読めるサイトはこちら→http://www.yomuradio.com/archives/4827)「なぜなんだ」という雲が、一気に晴れる感じですね。

安藤:企業は生き残るための戦略を知りたいわけだからね。

小室:これはプレゼン講師を17年やってきて思うことですが、自分の主張をいうのは青年の主張であって、相手の課題を解決することがプレゼン。相手が一番困っていることを解決することですね。そうでないとワーク・ライフバランスは響かないと思います。

介護時代を生き抜くためにも、まずは労働時間のスリム化を

安藤:最後に、管理職はどうあるべきかメッセージをお願いします。

小室:管理職のみなさんはまだまだ介護についての認識が甘いと思う。そこをもっと自分のチームメンバーと共有していただきたいですね。ワーク・ライフバランスってイクボスが1人で気づいても、メンバーの意識が揃わないと、進められない。本人はイクボスなのにうまくいっていないチームをよく見ます。その場合は、介護というみんな共通で考えられるテーマを導入してもらいたいですね。

介護は親だけでなく、配偶者の介護になることもあるし、子どもが障がいを持つこともある。親世代のきょうだいが多くて、子ども世代のきょうだいが少ないので、叔父叔母を介護しなくてはならないと言うことも出てくるんです。独身の叔父叔母まで自分が看ると思わなかったということは少なくない。あとは自分の病気ということもある。介護の場合は、育児と違って休むことがソリューションではなく、両立することがソリューション。仕事をいかに辞めないで、介護の家族責任を果たし、いかに外部リソースを使うか。疲労困憊してしまわないことが大事。一人で背負わないことによって精神的に辛くなり過ぎないことが大事。外部の手をかりるために、経済的基盤を失わない(仕事を辞めない)ことが大事。1~2年では終わらず、平均10年なので、介護による事情を持つ人は累積して増えていく可能性があります。

安藤:企業はそういうとき、どうしたらいいでしょう?

小室:一番は時間の柔軟さが大事ですね。ただし、そこに一足飛びに行ってしまうと、すごく危険です。時間の柔軟性を長時間労働も可という中でやってしまうと、夜の時間にカバーしようとする人が出てきてしまい、深夜に労働することで過労死の危険性が増えてしまいます。一番いけないのは、このまま労働時間に上限規制のないままいくと、上司は時間に制約がある人に配慮して、時間制約のない人に限りなく仕事を乗っけてしまうということがあるわけです。これをすると、乗っけられた方はたまったものではなく、その会社からどころか、この国自体から逃げていきたくなります。すでに優秀な人材の国外流出は始まっています。この国がいきなりホワイトカラーエグゼプションの方にいってはいけない理由は、その制度では無制限に働ける人だけに頼ってしまうという上司の怠慢を産むからです。

まずは、「全員が短時間で仕事をして徹底的に生産性を高くしよう」というところに働き方自体を転換しないとダメで、今は4~5回通って受注しているなら、1回でなぜ受注できないのか、そのために必要なリソースは何か、やり方の転換は何かにまずしっかり目を向けなくてはなりません。

そして日本の企業のトップがITをびっくりするくらい使っていませんね。ITを積極的に使うと、時間と場所に制約がある女性は働きやすくなります。いろいろなものを徹底的に使って生産性を高めて、現実的な労働時間を最低限に縮小する。1日8時間というところで、ちゃんと働けるようにした上で、その8時間をどう働くのか、場所を柔軟にすることは大事です。働く時間を柔軟にして、労働時間全体も膨張させることは悲劇しか生みません。この2段階、8時間労働に必要な労働人数とリソースを徹底追及してから、柔軟性に持っていくことで、個人の生活に合わせたフレキシブルな働き方を実現できます。

女性は、詐欺師症候群を知っておこう

安藤:働き続けたい女性たちへは何かありますか?

小室:『LEAN IN ―女性、仕事、リーダーへの意欲―』(シェリル・サンドバーグ著、日本経済新聞出版社)にも載っていた、「詐欺師症候群(Impostor syndrome)」という特徴をいつも紹介しています。企業が女性に管理職やワンランク上の仕事を打診した際に、女性側が1歩も2歩も引いてしまうことが起きている。しっかり成果を出しても、その成果は自分の実力だと思えずに、今回たまたまうまくいってしまった。ほめられると、まるで自分が詐欺行為を働いたような罪悪感を持ってしまうと言う感情を女性の方が持っているのを、詐欺師症候群といいます。女性は、セロトニン(不安を解消する物質)が男性の半分くらいしか出ないことが原因らしいんです。だから男性の方が楽観的というのは、本当にうらやましいと思います。

男性には本当に理解できないみたいですね。なぜそんなつまらないことを心配するのかって。でも、それは子育てするときに必要な資質として女性に与えられているものなんだと思います。不安や危険を早めに察知する……。でも、それを自分があげた成果に対しても思ってしまうのはもったいないです。セロトニン不足による、脳の詐欺師症候群なのに。解明されている女性特有の症状なんです。

何がもったいないかというと、男性は同じように不安に思ったりしていないってことです。上司から同じ仕事を打診された場合に、男性のAくんは「やったことないけれど、できると思う」と言うけれど、女性のBさんは「前にやったことがあるけれど、今回できるかわからない」と言うんです。これを聞いたときに上司は、「何でBさんは面倒くさい謙遜をするんだ。やる気がないなら良いよ」となってしまう。やる気の違いだと誤解してしまうんです。女性は上昇志向がないと誤解されてしまいます。やったことがないAくんは、2~3回経験を積むうちに本当にできるようになり、評価があがっていくわけです。

詐欺師症候群を知っていたら、上司も「ほら出ちゃってるよ、詐欺師症候群」と女性社員に言えますし、Bさんも自分の詐欺師症候群を認識した上で「じゃあやります」と手を挙げられるでしょう。
社会全体が労働時間を短くしようとしているのだから、女性自身も自分の詐欺師症候群と戦うことが大事です。私自身も、何か成果をだした後ほど急に怖くなったり、テレビに出て目立つことが怖くて苦手なんですが、詐欺師症候群を知ってからは、なんとなく折り合いが付くようになってきました。

安藤:確かに「私には無理です」って言っちゃう人、結構いますよね。

小室:この感覚はびっくりするくらい突然襲ってきて、自分ではコントロールできないんです。ただの緊張と違うくらいのものが襲ってくることがありますが、客観的に理解すると「ああ、例の症候群が出てる、出てる」と乗り越えられるようになります。ですから、女性たちは、詐欺師症候群を知って、自分を過小評価せず、ぜひ仕事に向き合って頂ければと思います。

安藤:今日はありがとうございました!


インタビュー:安藤哲也(ファザーリング・ジャパン ファウンダー/代表理事)
(筆:高祖常子)